大学いってきた


いろいろ手続きしてきました。


ふー。ひと段落です。



今日は駿台に行きました。そして担任に会ってきました。


ひさびさです。会ったのは3月6日以来。大阪府大を受けるために大阪にいく前日です。



行く勇気がなかった。K大落ちた自分がどういう顔をすればいいのかわからなかった。


8号館の下で、うろうろとしている。あー、この人ここ受かったんだーとか。すると、担任が降りてきて、僕を発見。


「お疲れ様です」


といわれた。そして担任と面談みたいな場所で、話した。

前回はなしたときいつだっけ?「微妙なラインにいるK大に普通に出すか、確実ラインのH大に出すか。」そんな話もしたな。


僕はK大に出した。迷う要素はなかった。


やりたいことはH大にもあった。別にH大でいやなわけではない。でもK大にこだわる自分がいた。


「大丈夫。受かるよ。」


と担任に言われた。自分も受かると思っていた。


結果は落ちた。敗因はどう考えても、自分の責任だった。自分の実力が足りなかったわけじゃない。自分の心の問題だった。



「そうそう。これをわたそうとおもっていたんだよね。」


渡されたのは、写真だった。



前期の前日にK大クラスの人で集まって集合写真を撮った。「K大に受かる!」というつもりで浪人してきた仲間。もちろん全員ではない。理文あわせて15人。


K大に受かったのは、この中の9人。その中には仲よかった友達ももちろんうつっていた。


英語の訳文をみせあって、あーだこーだいっていたあの頃。みんなK大にいくものだと思ってた。でも残酷な現実は、その中の半分しか受からせなかった。



「自分のせいか」

飯田橋近辺を歩いていたときにつぶやいた。


ふとH大に受かった知り合いを思い出した。写っていた写真は笑顔だった。良い笑顔だった。なんだかんだいって旧帝大だ。東京の私立に行くことになった俺よりも、断然いいだろう。

俺が受けていれば、受かったか?





もしK大に落ちるってことがわかっていたならば、H大うけただろうなあ。


志望者順位が一桁で落ちるわけがない。絶対受かったよ。





もしうけていれば・・・





やめよう。自分で考えるのをやめた。くだらないことだ。本当にくだらないこと。「たら」、「れば」ほどみじめなものはない。


自信なんてはなからなかった。自信があって、K大に出したわけではない。こわかった。でも突き進むしかなかった。


桜が散りかけていた。



悔しい。悔しい。悔しい。


涙がでそうになった。もう新しい大学を目の前にしているのに、K大に落ちたことをもう納得しようとしている自分が許せない。

新しい大学が悪いわけない。良い大学だ。でも



K大に落ちた自分がゆるせない。


写真を眺めながら、ためいきをついた。俺の横にうつっている友達。京大現代文の授業に出ている人数がクラスの3分の1になったときだって、あまりに人数が少ないから俺はあいつの席のとなりにいった。そして現代文の解説のあと、「これどうかな」とかいう話をしていた。授業前に俺がトイレ行っている隙に、俺の解答を全部読んでいたこともあった。笑って「おい、やめろよw」といった。いきなりやってきて、数学の質問をきいてきたこともたくさんあった。俺が「私大こわいなー」って言っているときだって、彼は「K大うかればいいじゃない!」といってきてくれた。会うたびに、何かしらからんできた。


彼は受かった。俺は落ちた。


もう会うこともないだろう。東京と京都じゃ。



新しい大学生活。それに慣れなくてはいけない。俺はここの大学に行くんだ。心の中にしまっておこうと決めた。



春になれば新浪人生たちがいる。こういう後悔はしてほしくないと本当に思う。



頑張れ。